紬とウィスキー ~ウイスキーブログと着物生地のブログ~

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頭の中の妄想が現実化してしまう悲しい世界

最近のニュースを見ていると、ほうんとうに起きたことかと、疑いたくなるような事件が起きています。わずかなストレスの蓄積から人は、大きな事件を起こしてしまう、悲しい生き物なかもしれません。また、突発的な怒りを抑えられなくて、他人に危害を加えてしまう。

私自身、単にいい子ぶって、世の中を憂えるつもりはありません。私の学生時代も、いじめははびこり、今以上に単純な指導体制で学校生活は常に灰色の思い出しかないのです。強いものがえばり、弱いものをイジメる。弱肉強食の世界だったと思います。

イジメられないために、隙を見せないように汲々としていたのが実状だったと思います。一方、そんな中で現実逃避でアニメを見たり、少年漫画雑誌を読んだり。遊んでばかりで勉強もほとんどしていなかったのです。

そんな折、私は事件を起こします。自分の将来のことを考えるように執拗に親から言われ、勉強しないとロクな暮らしは出来ないと脅され不安になっていたのかもしれません。

また、自分自身の「核」をまもるために、勉強ができる仲良くしていた友人に、勉強ではなされたくない、という焦りから、その子にとてもひどいことをしてしまったのです。妄想として思っていたことを、現実にしてしまったのです。小学6年生から中1の頃の話です。

そのとは、いまだに常に私の心の一部を占有し、決してぬぐうことができない罪の意識と共に、私の黒歴史に残っています。

今折に触れ、正義ぶったようなことを、もっともらしく言う時がありますが、本来私にはそんな資格はないと思います。おそらく、私には人の心を浸食する闇の力があるのではないかと、思う時があります。

それは何かというと、人の心に深く入り込み、洗脳してその人の行動を支配する力だと思います。おそらく、新興宗教の教祖の求人募集などがあれば、成功する可能性は高いかもしれません。

普段は良識的に思える人でも、人の心には闇の部分があり、妄想的にしか思っていなくても、きっかけになるような不安心理や根源的な欲求があれば、ふとしたきっかけで現実化してしまうということなのだと思います。そして、その力は発現すると一直線に実現に向けて動き出してしまうのです。

話はそれましたが、今回、中学3年生の女生徒の事件、報道されたことが事実だとするれば、普段その生徒は妄想として考えていたことだったのかもしれません。日常生活において、母親や弟とのいざこざがあったとしても、不満として思っているレベルにとどまっていたはずです。

いずれにしても、今回の事件で起きた女生徒の実験的な殺人衝動は、温めていた妄想的な衝動の芽がわずかなストレスで発芽し、現実化してしまったのだと思います。

被害にあわれた親子も、心の傷も体の傷も中々癒えないと思いますが、特に心の痛みは消えることなく残ると思います。また、加害者の女生徒も、ずっと自分の心の闇と向きあいながら生きていくことになります。私のように、友人に詫びながら、許しを請いながら。

私が起こした事件で、私の父が友人宅に謝罪に訪れたとき、友人のお父さんからは、もううちの子とは合わせることはないと言われました。当然のことです。学校からも、厳しい指導をされました。それでも、私は立ち直り、今日にいたりますが、友人はどうなったのか。幸せに生きているのか。いつも気になっています。

私は、生きている限り、このことを自省し続け、自分の消えることのない罪に向き合い続けることになるのです。このことを誰かに言うつもりはなかったのですが、今回の事件で、あえて言う時が来た気がしたのです。

今の日本で多くの人がストレスを抱えながら、楽しいことも少しはあると思いますが、反面、コロナ禍下で、厳しい現実に向き合って生きている人も多いと思います。今回の女生徒や私のようなことは、普通はないと思います。

そんな中で、私は今日もまた一人、私と同じような心の闇をかかえることになる人が増えたんだなと、今回の事件で思いました。私は、このブログの他に、アニメブログもしていますが、記事の1つに『3月のライオン』という将棋のアニメを取り上げたものがあります。

uribouwataru.hatenadiary.jp

そのなかで、知人のお宅のお嬢さんが学校でいじめにあるシーンが描かれていますが、そのシーンを説明する時に、加害者である自分にその記事を書く資格があるのか、悩みながら文章を書いていました。

ほんとはその時に、きちんというべきだったのかもしれません。記事では結局、ほとんど触れることはできませんでした。

 

今アニメのブログは、記事を最初の記事から順次書き直しています。その将棋のアニメの記事を書き直す際に、どう描き直すか、考えるだけでも心の闇が開き、落ちていってしまいそうになります。

人を傷つけることは、目に見える方法だけだなく、私のような浸食する方法は、もっとたちが悪いと思います。でも、もし許されるならば、会うことがかなわない昔の友人に許しを請い続けたいと願っています。

この事件の報道は非常に難しいと思います。でも、多くの人に加害者になってしまった少女の心の闇にも触れて欲しいと思っています。

 

その後私は、結婚して奥さんにも、似たようなことをしたかもしれません。

お互いにああでもない、こうでもないと言い争ってきましたが、無意識のうちに、奥さんが心理的に負担に思うことをしてきたことが多々あると思っています。よく、我慢してついてきてくれと思います。

最近えばっている奥さんで、少しほっとしますし、それでちょうどいいんだと思うようにしています。

私が死ぬ間際に呪いの言葉として、何か言われるかも知れません。でもそれでもいいのだと思います。それは自分の罪なのだから。今は、その贖罪から、自分とかかわる人は、すべての人に幸せになって欲しいと心から願っています。

今回の女生徒の事件の報道を考えながら、今夜は、ウイスキーを飲む気も起きず、ただひたすら、頭の中で考える、住みよい理想の世界が現実になって欲しいとも、願っているのです。

不愉快でいやな記事だったと思います。平にご容赦願います。

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