春が近づいて来ると、たまに昔を思い出す時があります。最近のことはどんどん忘れていくのに、なぜでしょうか?
ブログでも、昔の写真を出したり、懐かしんだり。
時間と共に永遠に合えなくなってしまった人。風景も。
思い出してもせんないことなのに、なぜか思い出してしまうのです。
関西で流行っていた夜のイルミネーションを、東京でもと、行われていたものです。
なぜか今、たまに思い出します。レクイエムのような音楽が流れていて、多くの人がこの照明の光景を見に訪れました。
私は悲し気な音楽があまり好きではなかったのですが、この照明を見ながら、多くの人が思い思いにどこかに流れていくのをじっと見ていた気がします。
東京湾のクルーズで昔撮った写真です。船の通ったあとの波の軌跡をぼんやり眺めていると、水鳥が何かを言いたげに集まってきます。過ぎた時間は戻らないよ。前を向いて歩いていくしかないよ。そんように言っている気がしました。
私が生まれた昭和という時代は、遥か遠くに過ぎ去り、最近は元号を使うのも少し鬱陶しく感じます。でも、西暦では味わえない、元号が秘めている時代背景は、確かに存在したのだと思います。
家の前の風景も大きく変わりました。時間は止めようもなく流れてていきます。借景として親しんできた植木畑には、百日紅や大きな桐の木が植わっていて、野鳥が住みかとしてたむろしていました。
今は、同じような建売住宅が建ち並び、昔の面影はまったくありますせん。大きな桐の木や百日紅、集まってきた鳥たちは何処にいったのでしょうか?
近所に植わっている桜の木は、毎年のようにきれいな花を咲かせてくれます。今年も桜は、きれいに咲いてくれるでしょうか?
私は、近所の桜を見尽くすと、多摩湖まで足を運んで、山桜なども良く見に行きます。葉と一緒に咲く、きれいな白い桜、今年も元気に咲いてくれればと思います。
なかなかコロナ禍下で、出歩くことも少なくなり、ともすれば昔の写真を見る機会が増えた気がします。
昔買ったウイスキーや着物の生地も、思い出すことがあります。記憶の中ではとても綺麗な生地に思えたり、美味しいウイスキーとして、思い出されるのですが、今同じものを飲んだり、見たりして同じように感じるかは分かりません。
時間だけはどんどん過ぎていきます。でも、変わるものが多い中、変わらないものもあると思います。
人と接する時の自分の考え方や感じ方は、今までは未熟な面も多かったともいますが、これからは少しは優しい気持ちで、ずっと変わらずに接することができるよう頑張りたいなと思います。
毎朝、多くの被災者の方への支援活動をされている方のブログを見るにつけ、そのような気持ちになります。
世の中、変わっていくものの方が多いと思いますが、変わらないことも、時として必要だし、大切な事へのこだわりについては、できれば変わらない自分でありたいと思っています。